「お茶を飲みに来てくれませんか?ただ飲んでいてくださればいいので」
夕方までなら構わないと義母は言った。
うちで義母にお茶をいれていると、夫が起きてきた。
もう昼過ぎであるが、いつものことである。
夫にお茶を差し出し、口をつけたところで切り出した。
「今借金いくらあるの?」
湯飲みを置いた夫が応える。
『住宅ローンが……………』
この点々は夫の台詞を省略したのではない。
言葉に詰まったのである。
我が家の住宅ローンは夫名義であるが、夫はその残高を知らない。
そもそも最初にいくら借りたのかすら知らない。
そして今聞きたいのはそんなことではない。
「住宅ローン以外は?」と問う。
誰々にいくら……とたどたどしく私の家族の名前を挙げ始めたが、それも違う。
「カードローンは借りてないの?」
その言葉に、夫は「ああそのことか」というような顔で応えた。
『借りてる』
「いくら?」
『わかんない』
義母がため息をつく。
「それは離婚に同意するということでいいのかな?」
以前土下座して離婚を懇願したとき、夫にひとつ約束を取り付けた。
今度借金したら離婚する。
念書にサインもさせた。
離婚は死んでも嫌なのだそうだ。
湯飲みを持ち上げた夫はこう言った。
『そうじゃない』
約束を忘れた訳ではない。
念書にサインしたのも覚えている。
でも離婚はしたくない。
義母の湯飲みにお茶を注いでから、私はゆっくりと言った。
「借金しないって約束は守らないし、離婚するって約束も守らない。それって話の筋通る?」
『退職金で返せる』
「だからこのままの生活を続けたいってこと?」
夫はうなずいた。
「じゃあ今後お金の管理は私がするね」
夫の顔が歪む。
「毎月決まった額をあなたの口座に送るから、A銀行に入ってるお金、B銀行に移して」
A銀行とは前職の給与口座、B銀行は住宅ローン等の生活費が引き落とされる口座である。
『全部?』と夫が怪訝そうに尋ねた。
「あなたひと月いくら必要?」
『わかんない』
「じゃあとりあえず10万円残して、それ以外は移して。今日中に必ず」
不服そうな夫の湯飲みを満たしてから続けた。
「できない?」
できないなら私も自由にする。
頭を抱えてうつむいた夫の思考が終わるのを、ゆったりと待つ。
私は体質的にお茶が飲めないので、ただじっと待つ。
義母がこちらを見やったが、少しだけ口角を上げてお茶を飲むよう視線で促した。
夫が頭を上げた。
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『わかった、そうする』
「それじゃあ、準備しようか」
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夫が風呂場へ向かう。
シャワーの音が聞こえてから、やっと義母が口を開いた。
「ごめんなさいね」
肩を落とした義母にお礼を言った。
夫がシャワーを終える前に、義母は帰った。
二本の線で挟まれた、夫と私の最後の台詞以外はノンフィクションです。
私の脳内ではこれで上手くいくはずだったのですが、
現実の夫は離婚に合意することを選択しました。
夫が私の想定通りに動いたことなんて、今まで一度もないのに。
私はいつもそのことを忘れてしまいます。
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なんだか 色々大変ですね。これからの道が明るいことを願うばかりです
返信削除ありがとうございます。
削除光を求めて突き進んでみます。